早大卒のアダルトチルドレン

ひとり、しなやかに、生きる。私は私。でも、自分の人生を取り戻すために。

母親の批判、愚痴、文句に、「いい加減にしろ」と言ったところから…

最近の、アダルトチルドレン克服への歩み。ちょっとストップしている感じだ。

 

しょうがない。そう簡単にいくはずがない。なにせ、30年以上の負債を清算しようとしているのだから…。

 

 

それはそうと、私がここに書いていることを読んだ人がいるとして、もしかしたら、こう思う人がいるかもしれない。

 

「お前は自分がうまくいかないことを、ただ親のせいにして逃げているだけではないか?ただの意気地なしで甘ちゃんなのではないか?」

 

これ、私自身は思われても、仕方がないと思っている。

 

なぜなら、私自身が、自分のことをそのように考えていたから。

 

何をやってもうまくいかない。生きられない。心苦しく感じている。自分は意気地なしだ。でも、自分が強くなるしかない。頑張らなきゃ…。またダメだ…。

 

しかし、そもそも私は何かがおかしくて、ズレているんだと確信したきっかけ。だから、生きるのが苦しく感じるんだと思ったきっかけ。それは半年ほど前、実家に3ヵ月ほどいた間の日常だった。

 

実家は、なんだかとても暗い。まあその時は私も、離婚のこともあって絶望の淵にいたわけだが、それと関係なく、とにかく交わされる会話がマイナスで暗い。

 

なぜなんだ?

 

そこで注意深く会話を追ってみると、母親から出てくる話が、批判や愚痴、文句ばかりだったのだ。

 

例えば、食事中にテレビを見て。アマチュアスポーツに情熱を傾ける学生のレポートが流れれば、母親は「自分の子どもだったら『やめなときなさい』と言うわね」。

 

無邪気な少年少女が特別な給食メニューに喜んでいる様子が流れれば、母親は「一回も食べたことないんじゃないの?(かわいそうな子どもなんじゃないの?という意味)」。

 

その他、人の顔の「目つきが悪い」だの、「見栄っ張り」だの。枚挙にいとまがない。

 

私は毎日、母親のそういう話を耳にし続けるうちに、不快感が強くなっていった。

 

いつしか、気持ちはキレながら、言葉は静かに、面と向かって母親に言った。

 

「ちょっとさ、なんでそんな暗いモノの見方しかしないんだよ。いい加減にしてくれよ」

 

母親は不服だったろう。ただ、それ以降母親は、食事中にあまり言葉を言わなくなった。もちろん、ちょっと不穏な空気は流れていた。

 

私は私で、母親と同じ食事の場にいるだけで、明らかにイライラしていた。一緒の場にいたくなかった。

 

 

そんなことがあってから、気づいた。私が、母親の話を耳にして感じるイライラは、子どもの頃を追体験しているからなのだと。

 

20年以上母親と暮らしていなかったから、すっかり忘れていただけだ。私は子どもの頃も、母親の批判、愚痴、文句ばかりを聞かされていたし、それが全く変わっていないのだ。

 

違うのは、「いい加減にしろ」と言えることだけ。大人になった今なら言えるが、子どもの頃は言えない。暗くてマイナスなことに疑問も持たずに、ただ聞くことしかできなかったから。

 

 

と、この話からどうアダルトチルドレンにつながるかという話は、細かく書けば色々とある。ただ、とにかく家庭内の環境がおかしい。変だ。なんで母親が傍若無人に暗いことばかり話すのを、私が聞かされなくてはならないんだ?

 

そんなことばかり耳にしていて、なおずっと逃げられない子どもの私に待ちうけていたのは、洗脳だったのではないか?母親と同じ、極端に暗くてマイナスの思考回路の。

 

まあ、洗脳という言葉が正しいかはわからないが、それに近いことだろう。こうした家庭環境の中、結果として私には、健全な精神が育たなかった。

 

だから、生きづらい。いつも心苦しく感じる。大きな理由は、親を含めた家庭環境が悪かったためだと、結論付けざるを得なかった。

 

 

そして、この認識がないと、私はこの先もずっとダメだろう。まずは健全な精神を、少しでも育むこと。アダルトチルドレンを、克服すること。そのためにはむしろ、親を批判することも必要だと考えている。